岸博幸先生インタビュー

今の子どもたちに「身につけさせたい力」とは

気候変動や感染症の拡大、グローバル化やテクノロジーの急速な発展によるAIの登場――予測不可能な激変の時代といわれる現代において、これからの社会を創る子どもたちが今から身につけておくべき力とは、何なのでしょうか。慶應義塾大学大学院で教育現場の最前線に立ち、一男一女を育てる父親でもある岸博幸先生にお話を伺いました。

これからの時代を生き抜くために必要な「2つの能力」

変化の激しい時代において、必要とされる能力はさまざまありますが、私が特に重要と考えているのは「問題を発見・設定できる能力」「クリエイティブな問題解決策を考える能力」の2つです。

●問題を発見・設定できる能力

学校では、先生から与えられた問題に対して正解を出すことを学びます。しかし学校を出たあとの社会は、何が正解かわからない、答えが複数存在する世界です。これは政策でもビジネスの世界でも同じことがいえます。多数の正解の中から何を選び取るかという判断力も大切ですが、その前提として、物事の本質を見極め、自ら問題を発見・設定する力が必要です。

●クリエイティブな問題解決策を考える能力

もう一つ重要なのが、自分が発見した問題に対し、創造性・独創性をもって解決策を考える力です。インターネットが普及し、ChatGPTに代表されるAIも実用性が高まってきた昨今、大学院生でさえ、問題に対して解決策を自分の頭で考えるより先に、インターネットで答えを検索するようになっています。

しかしインターネット上にある情報は、ステレオタイプかつ誰でもアクセスできる、価値の低いものがほとんどです。イノベーション(新たな価値の創造)が求められる現代において、既存の情報をつなぎ合わせただけのソリューションでは、社会の要求に応えることはできません。

2つの能力の土台になるのが「基礎学力」と「集中力」

その2つの能力を高めるために欠かせない要素の一つが、基礎学力です。子どもが自分で世の中を観察し、問題を定義し、解決策を考えることができるようになるには、自分なりのものの見方や考え方の土台となる「知識の体系」が不可欠です。そして、それは基礎的な学習の積み重ねによって、構築されていくものでもあります。

理科や社会といった暗記系の科目を「つめ込み式」と揶揄する風潮もありますが、自然現象や地理などの基礎的な知識がなければ、世の中に対する興味の幅も広がらず、ましてや問題を見つけ出す視点など生まれません。知識の体系を持たない人が、「これまでにない発想で新しいアイデアをつくる」ことを求められたらどうでしょうか。結局、インターネットで検索することにばかりに、時間を費やしてしまうことになります。

そして、もう一つは私の持論ですが、集中力も2つの能力を育むのに欠かせない土台だと考えています。

多くの人が、インターネットで検索した事例やアイデアに多少手を加え、形を整えて仕上げてしまうところを、イノベータータイプの人は、そこから徹底的に自分の頭の中で思考し始めます。ここで必要になるのが、集中力です。集中して考え続けることができなければ、今の複雑な社会課題を解決する独創的なソリューションなど出てくるはずもありません。

ドリル学習で、基礎学力と集中力の両方が鍛えられる

ドリル学習で、基礎学力と集中力の両方が鍛えられる

しかし人間は元来、野生動物と同じく厳しい自然環境を生き抜くために、常に外界へ意識を向けていた、いわば「注意散漫」な生き物です。人間が集中するようになったのは、中世ヨーロッパにヨハネス・グーテンベルクが活版印刷技術を発明し、書物が広く読まれるようになった、この5、600年の間だといわれています。

そもそも集中するのが苦手な人間の、まして小さな子どもが集中力を身につけるためには、どうしたらいいのか。それにはやはり、日々のトレーニングが大切です。

私は特に、算数ドリルや漢字ドリルなどを用いた反復学習が非常に効果的であると考えています。国語の文章題も、長い文を読んで内容を理解し考えるというプロセスが集中力の向上につながりますし、一つの問題をさまざまな角度からアプローチして解いていく受験算数も、物事を多角的に見る良い練習になります。いうまでもありませんが、基礎学力の強化にもつながるトレーニングです。

基礎学力は一本の樹のように、じっくりと時間をかけて育てていくもの

これからの時代を生き抜くために必要な2つの能力を高めるには、知識の体系が不可欠だとお話ししましたが、その構築には10年単位の長い時間がかかります。

人間の脳は、PCのハードウェアのように一度に多くの情報を保存することができず、同時に持ち運べる情報はせいぜい2つか3つだといわれています。脳に知識を定着させるには、長い時間をかけて教科書の内容をインプットしたり、反復学習をするというプロセスが必要です。そうした積み重ねを経て、ゆっくりと木の幹のように、知識の体系が脳の中につくられていくのです。幹が成長しなければ、もちろん枝葉も茂りません。

「インターネットがあれば、いつでもどんな情報にでもアクセスできる。自分の頭の中に知識を詰め込む必要はない」という主張もありますが、インターネット上を漂う情報は、樹の例えでいえば「葉」の部分。そうした断片的な情報をかき集めて自分の考えを構築しようとしても、できるようになるのはマルチタスクと、中身の薄いアウトプットにとどまります。長期記憶に蓄積された豊かな知識があってこそ、新たな知識を得た時に、深い洞察が可能になるのです。

子どもの将来を思い、教育のトレンドを追いたくなる気持ちもあるでしょう。しかし、小・中学校のうちから基礎学力の定着を図り、集中する習慣を身につけておくことが、社会というステージに出た時に必ず効いてくると、私は考えています。

ぜひ長期的な視野に立って子どもたちの未来を想像し、親として今からできることを考えてみてください。